警察学校から警察署に配属され、交番勤務で実践デビューします。
私が初めて配置された交番が大型駅前の交番です。
日中も夜もほとんど交番にいる時間がないほどいろんな事案が起こる。
中でも多い事件のひとつが万引き。
大型駅前には大型ショッピングモールがある。
万引きが多発する。被疑者も高校生から高齢者まで幅広い。
逆にいえばそのおかげで、窃盗事件の処理件数はかなり多くこなしていた。
田舎の交番に配属された同期生は、一か月に一回窃盗事件の検挙があればいい方だと言っていた。
こっちは一日で4件とか5件とか窃盗の検挙があったりする。
そのほとんどは万引きだ。
万引き程度の事件は、特段特異なことがないかぎり逮捕はしない。
任意、在宅で捜査する。
そうすると捜査を行うのは刑事課員ではなく、交番警察官がほとんどやる。
被疑者の取調べや実況見分、被害者からの供述調書など、万引き事件でもやることはけっこう多い。
万引きの取調べはほぼ100%被疑者は認める
ほとんどが現行犯のため、被疑者は言い逃れのしようがない。
まともな知能があれば否認のしようがないことを理解している。
しかし、そんなまともな人間以外を扱うことが多いのが警察官の仕事。
私が交番に配置されてから約3か月
容疑を素直に認める被疑者の取調べくらいはようやく一人でもできるようになってきた。
しかし、3か月が経った頃、ついに初めて取調べで被疑者が完全否認してきた。
万引きではなかったのだが、同じような窃盗事件。
犯人であることに絶対に間違いないという証拠はあった。
被疑者は中年の女性。
交番にある取調室で、私と私よりさらに後輩の警察学校卒業したばかり若手二人で取り調べを始めた。
どうせいつも通りやるだけだ、早く終わらせよう。
いつも通りの第一声
「盗んだ事実間違いないですね?」
私の想定では「はい、すみませんでした」という返答が来るはずだった。
今までの被疑者はすべてそういう返答だった。
しかし、その被疑者が発した言葉は
「いいえ、私はやってません」
えっ?何言ってんのこいつ?
まったく想定してなかったため、頭の中が真っ白になった。
今までこんなことを言ってきた被疑者を扱ったことがない。
あれ、この場合どうしたらいいんだ?
思考が停止して言葉が何も出てこない。
そうなのだ。私は否認された場合の方法・引き出しを何も持っていないのだ
もう一度同じことを聞くしかなかった
「盗んだことに間違いないですね?」
しかし同じ返答が返ってきてしまった
「いいえ、してません」
・・・・・。部屋は沈黙。
どうしよう??
大声で怒鳴って机を叩くんだっけ?
バカ、それは安っぽい刑事ドラマだ
これどうしたらいいの?
私の隣では、警察学校卒業したての若造君が身動きひとつせずに様子を見ている
おそらく「先輩はどんな方法でこいつを落とすんだろう」、と思っている。
しかし私は困り果てている。
あ、そうか!
証拠があった。
これを突き付ければさすがに否認できないだろう
突き付けてみた。
「これはあなたが盗んだことに間違いないことを示していますね」
↓
「いいえ、やってません」
もう他に手は思いつかない
否認で調書取って送れるかな
すでに落とすことを諦め始めている
部屋には沈黙が流れるだけ。
ついに私は自分の力で打開することを諦める決断をした。
隣で見ている後輩に言った
「ちょっと交番長呼んで来て」
交番の責任者であるベテランの警部補に来てもらうことにした。
後輩が呼びに行く。
部屋には私と被疑者だけ。
会話はない。
すぐに交番長が入ってきた。
交番長「認めないのか?」
私「はい」
事件の概要や証拠についても交番長は把握している。
私に変わって被疑者に話し始めた
1分後、被疑者は認めていた。
・・・・・・
なるほど、おれって全然ダメなんだな。
罪を認める被疑者の供述調書が作れるようになったくらいで、なんだか取調べができるようになってきた気がしていた。
それが小さな窃盗事件で否認されて、手も足も出なかった。
なぜこういうことを想定してもっと勉強しておかなかったのか。
暴力団員や極左テロリストを取り調べている捜査員ってすげぇな。
まだ駆け出しの頃の、仕事に対する姿勢を改めさせられた経験でした。
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