累進課税・所得の再分配は国家による奴隷制だ。マイケルサンデル教授の政治哲学の講義。第二話はリバタリアン。

先日の記事→サバイバル殺人は正しいのか?ハーバード大学サンデル教授の政治哲学の講義が最高におもしろい

で紹介したハーバード大学マイケル教授の政治哲学の授業

2話もとてもおもしろかったので、今回も議論のお題を紹介してみます

今回は短めにサクッと

今回のテーマはリバタリアン(リバタリアニズム)です。

リバティは自由ですので、自由主義ですね。

 

累進課税は国家による盗みだ

シートベルトを着用するかどうか、つまり自分の身を守るかどうかは個人の自由であり、それを国家が法律で強制することは、個人の自由の侵害ではないでしょうか

年金制度も同じことがいえます。

年金制度も個人の自由の侵害ではないでしょうか。個人の財産を国家権力が強制的に奪って老後に備えさせる制度です。これは個人個人の選択の自由を奪っているのはでないでしょうか

今、今日という日にお金を使いたい、人生を掛けてお金を投資してビジネスチャンスに挑戦したい。

そのためであれば、老後は貧しい生活になっても構わない。

そういう選択をしたい人だっているはずです。

しかし、年金制度は、そういう選択を権力で押さえつけて選択させない。

老後に備えること自体はいいことかもしれないが、それを望まない人にまで強制させることは、果たして国家のやるべきこととして正しいのでしょうか

 

累進課税・所得の再分配は国家による盗みだ

東日本大震災による被害は深刻なものでした。

私も当時警察官でしたので、その深刻な被害については詳しく知っている方です

では、この被災者たちを救済する国家による支援。

この財源はどこから来るのか。もちろん税金です(国債も含むとしても同じことです)

税金は誰が払っているのか。

一部の高額所得者が税収の多くを負担してくれています

高所得になるほど高い課税をする累進課税。

年収数億とかの高額所得者は、その収入の多くを税金として奪われます

 

これは、つまり、被災者たちを救うために、高所得者に対し所得の半分をよこせと強制していることに等しいと考えるのです。

そんなことをしていいのでしょうか

もし高所得者の所得の半分を税金でとるとしたら、それはその人の半年分の労働を国家が奪っているということになります

つまり半年間強制労働させているということです。

強制労働とは何か

それは奴隷制です

奴隷制とはつまり、自分を自分で100%所有していないということです

半年分の労働を国家が強制的に奪うということは、その人の半分は国家が所有しているということです

このような論理展開をするのがリバタリアンです。

リバタリアンによれば、高所得だからといって、その人の財産を強制的に奪うことは奴隷制であり、国家による盗みだと考えるのです

 

そもそも国家の役割とは個人の権利や財産を守る事

近代では国家の役割は、個人の人権や財産を守る事です

それなのに、多数派のために少数派(この場合では高所得者)の財産を強制的に奪うことは、そもそも国家の目的や役割に反しているのではないでしょうか

多数派の利益のために、少数派(今回の話では高所得者)を犠牲にすることは許されるのでしょうか

 

所得の再分配にしろ、年金制度にしろ、現在の国家がやっていることには、大きなお世話が多すぎる。

もっと個人の自由を尊重し、国家は最低限の機能(軍や警察)に限定すべきだ。

こういう考えをするのがリバタリアンです

私はこんな考え今まで思いつきもしませんでした

所得の再分配は国家による盗みであり奴隷制

年金制度は個人の自由選択の侵害

 

でも確かにその通りとも思える論理です

 

年金保険料とか言って強制的に徴収しておいて、ろくに管理もしない年金機構なんて見ていると、確かに国家がやってもろくなことにはなってないと実感します

 

これに対してハーバード大学の学生たちがどのような反論や議論を展開したのか

講義では、数人の学生にリバタリアンチームというものを作らせて、他の学生からの反論に対して論争させています

課税は国家による奴隷制でありやってはいけない

これに対してどのように反論しますか?

見てみるとすごくおもしろいと思います
リバタリアンの議論はこちら↓の第2話です。

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